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ステムミックスの今昔物語

2013年 03月 10日 18:34 | カテゴリー: DAW , Mix
2013年 03月 10日 18:34
DAW , Mix

まだ記事を書きかけているんですが、ちょっと横道へ逸れています。ふと、「これ書いたっけな?」と思って過去記事を洗ってみると書いてなかったので、一応書いておこうと思います。

 

「ステムミックス」の背景

普通に聞くようになった「ステムミックス(Stem Mixing)」というミックス方法があります。この名称自体は割と新しいのですが、技術(テクニック)自体は古く、1960年代のテープレコーダーへの録音からあります。「Beatlesに見るレコーディング技術 前編」で、特別に書いてはいませんが、簡単に言いますと「同系統の音源をバスにまとめること」です。それこそ4trレコーダーでピンポンすることなども広義な意味で「ステムミックス」と言えるでしょう。

また、PAでもありますよね。モニター(返し)のバランスで、「すみませ~ん、ギターのモニターにもう少し大きくドラム返してくださ~い」なんて会話。これは、ドラムの各パーツ(スネア、ベードラ、タムなど)をバスにまとめているので、1つのフェーダーだけ上げれば済みます。これもある意味「ステムミックス」の例です。

PAなんかでは「バスミックス」とか言われることもあります。PA用のミキサーでは、このバスのまとまった部分を「インラインミキサー」とか、「マトリックス」なんて呼び方もあります(非常に簡単に書いてますが、回路的にはちょっと違います。ここでは広義にバス部分を指す言葉として使っていますので、あまり突っこまないでください)。

「バスへまとめること」自体は、このように古くからあったのですが、改めて「ステムミックス」という言葉が出てきたのは、時代がデジタル化して数年後90年代に入ってからですね。それまでのデジタル黎明期は、どちらかというとアナログより劣化がない、デジタル最高!といった賛論が主でしたが、そのあまりにもの硬さというか、デジタル臭さ、いわゆる「暖かみのない、冷たい音」という否論が出てくるようになってからのことです。

これは、アナログ録音で慣れていたミュージシャン、エンジニアの耳がそれまでの音と比較してデジタル音を揶揄したところにあります。このミュージシャン達の要望にエンジニアは録音としてはクォリティの高いテクノロジーを生かしながら、アナログの暖かみを加えることはできないかという試行錯誤の元、様々な手段が考えられました。

2ミックス時にアナログテープに落とすとかは割と常套で、インサートでハードウェアを使う事もそのうちの一つです。この延長上で、録音後に別な卓を通すことで、その卓ならではの音を付加する事が一つの流行でもあったわけです。言い換えれば、この当時(デジタルと言ってもまだテープです)にデジタル化されたレコーダーに見合う最新の卓を使って録音されたものが、「やっぱり昔のNeveの音が良いんだよね」とかいう場合が多く、エンジニアは録音後にミックスする部屋を変え、別な卓(例で言うと「昔のNeve」)でミックスする、という作法がまかり通ったわけです。

この頃がアナログ回帰現象の始まりです。時代と共に古い卓は順次入れ替えされますが、それはチャンネルストリップという形で蘇ります。昔の卓のチャンネルモジュールを取り出して、アウトボード化したものがそれです。これは、ラックに収められコンパクトになり、わざわざ部屋を移動したりする必要がなく、簡単に卓につなげる事から今でも重宝されています。

このチャンネルストリップは、ぶっちゃけると、16trのミキサーからステレオ8台分の機械がノックダウンできるわけです。そして元になるチャンネルモジュールは、ベースになる卓に応じて様々な機能を持ったものになり特長となっています。たとえば、それがEQ部分であったり、ダイナミクス(コンプ/リミッター)であったり、ヘッドアンプ部分だったりと、その卓独特の音を持っており、これが望まれたわけです。

もうこの頃はステレオは当たり前でした。ですから、楽器ごとにステレオにまとめて、こうしたチャンネルストリップを通すことで、アナログの質感を得ようとしたのです。ここでエンジニア達が使い始めた言葉、バスにまとめた信号を「軸」にして、再度音を作る(アナログの質感を得る)作業に対して、「ステムして送って(すごい乱暴な日本語ですが)」とか言われたのが、始まりなんですね。

 

本来のステムミックス

先ほど出てきた「インラインミキサー」とは、ミキサーの中にミキサーがあるようなもので、各チャンネルをバスにまとめるという機能で、特にPA卓では欠かせないものです。ところが、レコーディング卓では本来バスセクションというのは、インプットチャンネルモジュールの数に依存されるところがあり、バス用のインプットモジュールがない卓というのも存在します。特に昔のものはチャンネルが増えるほど大型化するので、チャンネル数に応じたそのスタジオならではの特注品、、いわゆる専用のカスタマイズ品というのが普通です。各メーカーごとに推奨の仕様はありますが、実際のレコーディングスタジオに入るときには、そのレコーディングスタジオのスタッフによって希望が出された仕様に基づいた特別品です。

ですからそのスペース的なものは限りがあり、それこそまだ24chとか(近年で)最大でも48chくらいが限界で、卓のモジュールにはインプットモジュールが優先されてつけられていたのが普通です(オプション扱いでバスモジュールが存在していた)。なので、送り出しにはチャンネルアウトという、チャンネルごとに付いている個別のアウトプットから出すわけです。

PA卓ならバスでまとめましたが、バスのないレコーディング卓でまとめ上げるにはこのチャンネルアウトで出力し、別なミキサー(語弊あります)でまとめ上げる必要があります。ここで出てくるのが「サミングアンプ(Summing Amp=「Sum」は「合計」の意味です)」です。

ミキサーというのとちょっと違う点はサミングアンプはあくまでも信号をまとめ上げるだけのアンプです。これに対してミキサーは信号に対してEQやダイナミクスなど、そのモジュールに付いている様々な機能で加工ができて、まとめ上げることができるという点が違います。しかも「アンプ」という名前が付いているくらいですから、簡単に言うと「ボリューム調整しかできないもの」です(ex. Neve 8804など)。パンすら付いていません。

ですから、通常は出力が1chです(ステレオ2chというのもありますが、こちらは各チャンネルをバラとして使うか、Stem-Masteringで使うかでしょう)。もちろん製品によってはパンまで付いた便利なものもあります(Neve 8816など)。

出力バランス(つまり音量)だけの調整をとって戻すために、そのサミングアンプの個性や特性(味付けとか、独自の音などと言います)が生きて、音質(これが俗に言う「アナログの質感」です)として追加されて戻ります。これが本来のステムミックスです。

先に説明したチャンネルストリップなんかはいわゆるサミングアンプの代用品で、後になって出てきた手法です。

 

昨今のステムミックス

時代が進み、ミックスはDAW上で行われるのが普通となった今では、ちょっと事情が違います。そもそも、DAWで行われるようになっても、この「いったん表に出してアウトボードを通して、アナログの質感を得る」というのは、今でも変わらずにプロの間で普通に行われています。

ですが、DAWの進化と共に、その効能自体がプラグイン化されDAW内での完結化が可能な今、意味合いが変わってきています。DAWにバスも普通に付いており、同系統のトラック(楽器)をバスでまとめて、できた複数のバスをミックスとして使うことが、ステムミックスという言葉で言われるようになっています。つまり、「外部へ出してアウトボードを使う」ということが省略されているわけです。

プラグインでは、往年の名機とされるコンプやチューブなどシミュレートしたもの、チャンネルストリップを再現したもの、そしてテープの飽和感を再現したもの、今では手に入れることも困難だったり、高価だったりするものまでが作り出されています。もちろんこれらのプラグイン自体も良い値段な訳ですが、こと「アナログの質感」に限って言うならば、わざわざアウトボードを使わなくてもいいというのが実情です。

高価な専用のサミングアンプを使わなくても、この「いったんアウトボードに出す」ということは、アナログの質感を求める分には、たとえ数万程度のものでも効果があります。信号ロスがあったり、ちょっとノイズっぽくなったりする分も、愛嬌です(笑)。

 

まあ、プロがやる手段の一つですので、この手間を掛けることが良いミックスを生む結果にもなるので、一度は試してみて欲しいです。本来のステムミックスの狙い所を感じてみてください。